AI浄水場運転の海外輸出が示す水道インフラの新局面
ニュースの概要
韓国水資源公社(K-water)は、ベトナム・ハノイのソンドゥオン浄水場に、AIを使った水処理の運転技術を導入する契約を現地の運営会社と結んだ。この浄水場は日量30万立方メートルを処理できる大型施設である。AIは水質や流量の数値をリアルタイムで読み取り、川から取り込む原水の状態が変わっても、凝集剤(=水中の濁りを固めて沈める薬品)や塩素の注入量を予測しながら調整する。目的は処理品質の安定化である。適用範囲は一度に広げず、段階的に拡大していく計画だ。公的な水道事業体が運転ノウハウそのものを海外へ売り出す事例として注目に値する。
引用元: K-water、ハノイの浄水場にAI水処理運転技術を輸出(The Herald Business)
分析・見解
薬品注入の予測制御が、浄水場の運転を変える
浄水場の運転で最も神経を使うのは、凝集剤と塩素の量である。凝集剤が少なければ濁りが残り、多ければ薬品代がかさむうえ、汚泥も増える。塩素も同じで、足りなければ衛生面の不安が生じ、入れすぎれば臭いの苦情につながる。
従来は、熟練運転員が原水の濁度を見て、経験と簡易試験で量を決めてきた。雨が降って川が濁る日や、夏に藻類が増える日には、判断が難しくなる。AIは過去の水質、流量、天候の記録から変化の兆しを学び、数時間先を見越して注入量を調整できる。人が後追いで対応していた作業を、先回りの作業に変える点が本質である。
ハノイという舞台が持つ意味
ソンドゥオン浄水場が取水するのは、雨季と乾季で水質の振れ幅が大きい河川だと考えられる。東南アジアの都市部では、人口増加で水需要が急に伸び、原水の汚染も進みやすい。こうした環境は、AIにとって厳しい試験場であると同時に、効果を数字で示しやすい場でもある。
日量30万立方メートルは、およそ百万人規模の生活用水をまかなえる量である。薬品使用量を数パーセント減らすだけでも、年間の費用削減額は大きくなる。ここで実績を積めば、近隣諸国の浄水場へ展開する足がかりになる。
設備を売る時代から運転を売る時代へ
水インフラの輸出は、長く膜やポンプなどの機器と、建設工事が中心だった。今回の特徴は、運転の知恵をソフトウェアとして提供する点にある。機器は一度売れば終わるが、運転技術は契約後も改善と保守が続き、継続的な収入になる。
日本でも、水道事業の人手不足と熟練者の高齢化は共通の課題である。この点では、韓国の動きは他人事ではない。先行する海外の公的事業体が運転データを蓄積し、それを武器に市場を押さえれば、後発の国内企業は不利になる。
段階的導入が示す現実的な姿勢
段階的に適用範囲を広げる方針は、堅実である。飲み水に関わる設備では、AIの誤判断が許されない。まず提案をする補助役から始め、運転員が結果を検証したうえで自動制御の範囲を広げる流れが妥当だ。AIの精度に加え、運転員がAIの出力を信頼できるかどうかが、成否を分けるだろう。
ビジネスへの影響
水処理事業者が今から備えるべきこと
浄水場や工場排水設備の運営者にとって、第一歩はデータの整備である。水質計や流量計の記録が紙や担当者の頭の中にとどまっていれば、AIは使えない。まず薬品の注入量と水質の記録を、同じ時間間隔でそろえて保存する体制を作りたい。
そのうえで、一系統だけを対象に試験導入し、薬品費と処理水質の変化を数か月単位で比べるとよい。小さく始めれば、失敗しても損失は限られる。
機器メーカーと商社が考えるべき収益モデル
機器の販売だけでは、利益は薄くなりやすい。運転支援のソフトウェアを組み合わせ、成果に応じた継続課金にする契約が現実味を帯びてきた。膜や薬品を扱う企業は、自社製品の使用量データを活用し、最適な使い方まで提案できれば、顧客との関係が長続きする。
投資家と自治体が見るべき視点
投資の観点では、水処理は景気に左右されにくく、運転技術は参入障壁にもなる。自治体は、運転データの所有者と、AIの誤作動時の責任範囲を、契約の段階で明確にしておく必要がある。海外勢の技術に依存しすぎないよう、国内で人材と知見を育てる視点も欠かせない。