ニュースの概要

豪州クイーンズランド大学の研究チームが、分離膜の内部にある微細な通路へ、自ら回転するアンモニウムイオンを組み込む技術を開発した。これまで通路は形が固定された「ただの道」だったが、イオンの動きで水分子を押し進める、流れのある道に変えたことになる。エタノールと水を分ける実験では、水の輸送量が約44%増え、エタノールの通過は約90%抑えられた。標準的なろ過膜と比べた分離精度は10倍とされる。水を速く通しながら選別の精度も保てる点が特徴で、産業分離の省エネ化につながると期待されている。

引用元: 高性能膜が水輸送を約44%向上、産業分離プロセスの省エネルギー化に期待(Phys.org)

分析・見解

固定の細い道から、動く部品のある道へ

従来の分離膜は、ナノ(=10億分の1メートル)級の細い通路の大きさで分子をふるい分けてきた。通路を細くすれば選り分けは正確になるが、水も通りにくくなる。この「通りやすさ」と「精度」の綱引きが、膜の世界で長く壁になってきた。今回の研究は、通路の壁に置いたアンモニウムイオンを自ら回転させ、水分子を押し進めるという発想で、この綱引きに別の答えを出した。

道幅を変えずに、動く歩道を敷いたようなものだ。通路を広げれば他の分子も入り込むが、中身を動かすだけなら選択性を保ちやすい。ここに今回の着眼点がある。

44%増と90%抑制が同時に成り立った意味

水の輸送量は約44%増え、エタノールの通過は約90%抑えられた。ふつうは片方を良くすると、もう片方が悪くなる。両立できたことが大きく、報告された分離精度10倍という数字も、ここから来ていると読める。ただし、結果は実験室のエタノールと水の組み合わせで得られたものだ。工場の実液は不純物を含み、温度や濃度も揺れる。数字をそのまま現場に当てはめるのは早い。

一方で、エタノールと水は蒸留だけでは約95%付近から分けにくくなる(=共沸)。そのため、仕上げの脱水に膜を使う例がすでにある。新しい膜が最初に試される場として、この領域は現実的だ。

回転するイオンが長持ちするかが実用化の分かれ目

最も気になるのは耐久性だ。動く部品は、一般に摩耗や脱落が起きやすい。膜の中のイオンが長期運転で流れ出ないか、洗浄薬品や酸・アルカリの変化に耐えられるかが問われる。吸着材やイオン交換材料でも、実験室での高性能が実機で落ちた例は少なくない。

製造面の課題もある。ナノの通路すべてにイオンを均一に配置する工程が、量産でもぶれないかどうかだ。既存の高分子膜やセラミック膜のラインに載せられるなら普及は速い。専用設備が必要なら時間がかかる。

省エネの効き目が大きいのは熱で分ける工程

蒸留のように液体を沸かして分ける工程は、産業の消費エネルギーのうち1割前後を占めるとの推計もある。膜は液体を沸かさずに分けられるため、置き換えられれば節約の幅は大きい。海水淡水化で逆浸透膜が蒸発法に取って代わり、必要なエネルギーを大きく減らした前例が参考になる。

今回の技術が示したのは、膜の性能を材料の「形」だけでなく「動き」でも設計できるという新しい軸だ。水処理、PFAS除去、溶剤回収など、膜が使われる分野全体で設計の選択肢が増える。ただし、その選択肢を製品に変えるには、数年単位の実証が欠かせない。

ビジネスへの影響

溶剤の脱水や回収を抱える工場が最初の候補

最初に恩恵を受けやすいのは、エタノールなどの溶剤を扱う化学、製薬、バイオ燃料、食品の工場だ。蒸留塔の後段で脱水している工程があれば、膜に置き換えた場合の蒸気使用量を試算しておく価値がある。まず、自社の分離工程ごとに、使っている熱と電力を一覧にすることから始めたい。削減余地の大きい工程が分かっていれば、新技術が製品として出てきたときに素早く判断できる。

実証に進む前に確かめたい三つの条件

一つ目は、実液での性能だ。不純物や温度変動の下でも、水の流量と選択性が保たれるかを見る。二つ目は寿命で、イオンの流出や洗浄への耐性を、数千時間単位で確認できるかどうかだ。三つ目は価格で、膜の単価と交換頻度を含めた総費用が、蒸留の運転費を下回るかを比べる。この三点を問い合わせ項目として整理しておくと、研究機関や膜メーカーとの対話が具体的になる。

投資側は量産方法と特許の範囲を見極める

投資や提携を考える側は、論文の数字だけでなく、量産の方法と特許の範囲に注目したい。実験室から商用化まで、数年から10年かかることは珍しくない。その間に、既存の膜メーカーが似た仕組みを取り込む可能性もある。小規模な共同試験に参加して知見を得る方法なら、費用を抑えつつ選択肢を残せる。省エネ規制や炭素価格が厳しくなるほど、熱を使う分離の置き換えは経営課題になる。今は結論を急がず、情報を取りに行く段階だ。

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